なぜガルウィングのルーフなのか。四季を通しての住環境を考慮すると、ルーフをテントとし開閉させることに疑問を感じるだろう。だが、住宅の一室が気候の温暖な中間期に開枚できるのは魅力的ではないか。「千葉市立打頼小学校」(『新建築』9507)を設計した際、教室がクリストの「アンブレラ」のように流動性に満ちて、校舎を含む敷地全体がアクティビティの喚起されるフィールドとなることを目指した。「アンブレラ」のようにルーフが開閉し、プールサイドでビールを飲んでいるような気分に浸れる心地よい場所。小学校で試みたパーソナルなアクティビティの集積によるマス・アクティビティの喚起のように、単体としてはパーソナルなアクティビティの喚起を目指す。そして、数十年後にガルウィングの集落が現れ、個々のアクティビティが集積されることでマス・アクティビティに変換していく。そんなイメージからガルウィングのルーフは生まれた。これは、光,風,視線を制御可能にするだけでなく、空問のヴォリュームを可変にして建築内に空を取り込む新しいルーフの開閉の提案である。
敷地は岐阜の大垣市から1駅離れた穂積町にあり、私の実家でもある。今でも食卓を澗すほどの魚が取れる犀川に北面し、堤防沿いには田畑と住宅による農村部の風景が拡がる。石垣の上に建つ瓦屋根の住宅に挟まれるようにして「GULL WINGS HOUSE」は現れる。250坪ほどの敷地内には主屋,離れ,解体予定の家屋,倉庫が点在している。
今回の計画は、主屋のゲストルームと書斎の増築である。主屋に連結するルーフをテント地のガルウィングとすることで、主屋の居間に光と風を導いている。居間から敷地の南端までを貫く視覚的な連続性を確保するため、居間,ゲストルーム,書斎の間仕切りをガラスのスクリーンとした。
人が四季の移り変わりに対応して衣替えを行うように、建築も軽やかに変化していく。開閉するガルウィングの屋根,東の庭に面した大きな引戸の開口部,庇先端に取りつけられる蚊帳のような防虫ネット(未工事)の組合せにより,気候や天候,さまざまなアクティビティに即してこの建築は表情を変えていく。気候の温暖な中間期や、夏季はすべてを開放する。ガルウィングが開かれることで天井コーナーが開放された状態となり、L字型ルーフの垂直に垂れていた部分が高さ5.5mほどの天井面に変わる。空間が膨張して徐々に自然光が差し込み、風が通り抜ける状態は、建築が移動しているような感覚かもしれない。パーティルームの中心に設置された水場のカウンターテーブルは可動になっていて、多用途に使用できる。夜間は庇先端に蚊帳を取りつけることでテラスを半屋内空間として利用する。農村の静かな夜に行灯のように浮かび上がる建築は人の気配を周辺に強く感じさせるだろう。冬期は、ガルウィングを閉じて温室のような状態とする。テントの梁の隙間に硬質ウレタンボードをセットして屋内の気密性を高めることも考えている。
ガルウィングの開閉は、簡単なボタン操作で行える。片方ごとの開閉が可能で所要時間は20秒程度である。安価な既製品の建築材料で約180kgのルーフを昇降できる装置はない。ここでは搬送用トラックのガルウィングに使用されている電動式の油圧ステー(ミニモーションパッケージ)を転用している。建築全体に安価な素材を使用し、ディテールを単純化することで、坪45万円というローコストで実現した。
波打ち際のように振動する境界が開放されることで意識は外に向かう。境界が消えたフィールドでは、内も外も同次元でアクティビティが拡張していくだろう。