私たちが担当した「SOHO別荘」は、全体の配置計画の中で外側の道路に面さない中央部の低層棟である。(中国では「別荘」は戸建てを意味し、4戸1ではあるがすべての住戸が接地していることはこの都心部では強いウリになることから「別荘」と名付けられている)
地下1階~3階までつながる1住戸床面積が500㎡という規模は、建外SOHO全体の中でも最も大きく、戸あたり分譲価格が日本円換算で1億2千万円というのは物価の差が4~5倍であることを考慮すると東京で6~7億円になる。これを買えるのは北京でもベスト100に入るお金持ちだということで、悲しいかな私たちにはそういうエンドユーザーのライフスタイル(例えばメードルームの存在)が想像しきれず、発注者も矛盾するような要望(例えば「大きな吹き抜けが欲しい」と同時に「吹き抜けはもったいない」など)をてんこ盛りにしてくるので基本設計は迷走した。
どんな提案をしても別の可能性に言及されて承認が得られないということが続いた中で、それならばと、「何にでもなる空間の構成」だけに絞り込んで提案したのが最終形となった4枚のスラブを貫通する2重螺旋階段という単純なかたちである。階段が2重になっていることで、この空間構成をカスタマイズする場合のバリエーションが飛躍的に増える。例えば片方の階段を住居用、もう片方をショップやオフィス用とか、片方がオーナー用でもう一方がテナント用といった具合だ。
このプロジェクトに付き合ってわかってきたのは、今の中国がいかにあらゆることが決定不能ななかでの可能性に向けて突っ走っているかということだ。わずか数年先のことが誰にもこうだと語れない。「もはや住宅であってもなくてもいい」という空間構成だけに還元された提案は、そんな彼らの状況にフィットした。実際完成してみるとSOHO別荘の廻りの地表は完全に街に対してオープンで商業立地がふさわしく、残念ながら今のところ誰一人ここを住宅としては使っていない(住宅でもあるために網戸のおさまりやプライバシーの確保など様々な苦労があったわけだから)。でも、だから成功というわけだ。
そしてディベロッパーにとって成功した商品であったということ以上に、私たちが普段いかに「住宅」「ショップ」「オフィス」といったビルディングタイプに思考を拘束されているかがわかったことに意味がある。東京に「集合住宅」や「オフィス」を設計する場合にも、実はそれらのスタートはたぶんまったく暫定的なものでしかないのだ。